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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)3648号 判決 1991年8月20日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の不動産(本件不動産)につき、それぞれ昭和六三年六月三〇日名古屋法務局熱田出張所受付第一九八二一号をもってなされた根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

(滌除による根抵当権の消滅)

1 原告は、平成元年七月六日、訴外柿島高司を借主、同田口浄を連帯保証人として、一億円を、弁済期平成元年一〇月五日(その後、同年八月三〇日に至り、右弁済期を同年一二月末日と変更することを合意した。)の約定で貸付け、同日、右田口との間で、同人所有の本件不動産を、右貸金についての譲渡担保として所有権移転を受ける旨の譲渡担保契約(本件譲渡担保契約)を締結し、同月七日付で右田口から原告名義に所有権移転登記を受けた。

なおその後、原告は、右田口に対し、平成三年六月七日到達の書面で、本件譲渡担保権を実行し本件不動産の所有権を原告に確定的に帰属させる旨の意思表示をなし、右実行時の債権額は一億円、本件不動産の評価額も一億円で、先順位に五〇〇〇万円の担保権があるので、結局清算金は存しない旨を通知した。

2 被告は、本件不動産につき、昭和六三年六月三〇日、名古屋法務局熱田出張所受付第一九八二一号をもって根抵当権(本件根抵当権)設定登記を経由している。

3 原告は、被告より平成元年九月一四日、右根抵当権実行の通知を受けたので、同年一〇月四日到達の書面で、三二〇〇万円(内訳、土地につき三〇〇〇万円、建物につき二〇〇万円)で滌除する旨の通知をした。

被告は、右通知後一か月内に増価競売の請求をしなかったので、原告は同年一一月一六日、右金員を供託した。

4 よって、被告の本件根抵当権は滌除により消滅したので、原告は所有権に基づき、本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は、次の点を除いて認める。被担保債権である貸付の額は一〇〇〇万円である。譲渡担保権実行の事実は不知。

2  同2、3の事実は認める。

しかし、譲渡担保権者は債権担保を目的とするものに過ぎないから、滌除権を行使することはできない。

譲渡担保権者が目的物件を確定的に取得するには、弁済期到来後に清算金を提供するなどしてその実行の意思表示をなすことを要するところ、原告の田口に対する貸付の弁済期は平成元年一二月末日であって右滌除時点では未到来であること、しかも、本件不動産は土地の評価額だけでも一億一〇四九万五〇〇〇円であり、これから先順位根抵当権の債権極度額五〇〇〇万円、及び原告の田口への貸付額一〇〇〇万円を控除した五〇四九万五〇〇〇円の清算金が提供されなければならないが、これもなされておらず、これらのことからすれば、原告が滌除の通知をした平成元年一〇月四日には、原告は所有権を確定的に取得していないことが明らかであり、右滌除の通知は無効である。

三  抗弁

1  (滌除権の消滅=根抵当権の実行通知と滌除期間の経過)

(1) 被告は、平成元年六月九日、当時本件不動産の所有名義人で譲渡担保権者であった訴外株式会社丸の内(丸の内)に対し、本件根抵当権の実行通知をした。

(2) 原告は、被告が右丸の内に対して通知をした後の平成元年七月六日に至って本件不動産につき譲渡担保権を取得して所有名義人となったものであるから、民法三八二条三項により、右丸の内が滌除をなしうる期間内即ち平成元年七月九日までに限り滌除権の行使ができるところ、右期間が経過した。

2  (滌除権通知の無効=過少な滌除金額の提示、取得代価の記載欠如)

滌除のため提供される金額が、一般取引観念上不当に低いときは、滌除の意思表示自体が無効と解されるべきであるところ、被告の根抵当権の被担保債権額は元本四五〇〇万円で遅延損害金を含めれば極度額五〇〇〇万円を超えるものであるし、本件不動産の時価は一億一七八三万円以上であって、右極度額は十分回収可能であるから、原告の提供した滌除金額三二〇〇万円は到底被告の承諾し得ない不当に低額な金額であり、右意思表示は無効である。またその滌除通知には取得代価の記載がなく、この点でも違法である。

四  抗弁に対する認否

1  (抗弁1について)

丸の内が譲渡担保権者であったとの点は不知。丸の内への売買による所有権移転登記は、平成元年七月七日、錯誤により抹消されており、丸の内は抵当権の実行通知をなすべき第三取得者に当たらないから、同社に対してなした右通知は無効である。また、仮にこれが有効であるとしても、原告は丸の内から権利を承継取得したものではなく、丸の内から所有権を回復した訴外田口浄から譲渡担保の設定を受けたものであり、いずれにしても、被告は原告に対し、改めて実行通知を要するものである。被告が原告に対して実行通知をしたのは、平成元年九月一四日であり、原告は前記のとおり一か月以内の同年一〇月四日に滌除通知をした。

2  (抗弁2について)

抗弁2は否認する。

五  再抗弁(抗弁1に対して=丸の内に対する根抵当権実行通知の失効)

仮に、丸の内に対する右根抵当権実行通知が有効であるとしても、被告は平成元年九月八日付で申し立てた競売の申立を同月二六日取り下げたから、右通知の効力は消滅した。

六  再抗弁に対する認否

右競売の申立及び取下げの事実は認め、通知の効力が失効したことは否認

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1のうち被担保債権額及び譲渡担保権実行の事実を除く事実及び同2、3の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

すなわち、右の各事実によれば、原告は、被告に対し、平成元年一〇月四日到達の書面で本件根抵当権の滌除の通知をなし、被告から一か月以内に増価競売の請求がなかったので、同年一一月一六日、指定金額の三二〇〇万円を供託したものであるところ、その時点において、原告は本件不動産につき譲渡担保権を有したものであって、かつ、その被担保債権(その額は前記のとおり争いがある。)の弁済期である平成元年一二月末日が未到来で、右譲渡担保権の実行手続には着手していない状態であったことが明らかである。

二  ところで、譲渡担保は、債権担保のために目的物件の所有権を移転するものであるが、その目的は対象物件の所有権取得自体にあるのではなく、その金銭的価値を把握して自己の債権弁済の確保を図ろうとするものである。従って、右所有権移転の効力は、債権担保の目的を達するのに必要な範囲内においてのみ認められるのであり、譲渡担保権者は、債務者が被担保債務の履行を遅滞したときに目的物件を処分する権能を取得し、この権能に基づいて、目的物件を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめるか又は第三者に売却等をすることによって、これを換価処分し、その評価額又は売却代金等をもって、優先的に自己の被担保債権の弁済に充てることができることを内容とし、その実行方法について帰属清算によるものは、清算金の支払い又は提供をするまで、清算金が残らない場合はその旨の通知をするまで、処分清算によるものは、目的物の処分時までの各間は、債務者(設定者)は債務の全額を弁済して、目的物を受け戻すことができるのである。

これによれば、本件において、原告が前記のように滌除の手続を行った段階においては、未だ被担保債権の弁済期は未到来で、その実行手続はなされておらず、その譲渡担保権が、帰属清算か処分清算かいずれの実行方法を予定するものであるかにかかわらず、原告は確定的に所有権を取得した状態ではなく、なお債権担保権の実質を有するに止まっていたものといわねばならない。

三  もっとも、譲渡担保権が、所有権移転の形をとることから、譲渡担保権者、債務者及び設定者以外の第三者に対する関係では、所有権移転による効果を認めなければならない場合も生じるところであるが、前述のような譲渡担保権の価値権としての本質及びこれによる制約に鑑みると、その法律効果については、なお個別の検討が必要であり、本件で問題となる、譲渡担保権者が民法三七八条の滌除権を行使しうるか否かについても、このような見地からの利益較量、検討がなされなければならない。

そこで検討してみるに、右法条により抵当不動産の第三取得者に対して滌除の権利が認められた趣旨は、本来、抵当目的物について抵当権が設定されたことにより目的物件の利用価値が事実上低下することを防ぎ、その利用、流通を円滑ならしめる目的によるもので、抵当権者が把握する価値権と第三取得者が有する利用権との調和を図ろうとするものであるから、前述のようにその所有権取得による用益というよりも、金銭的な交換価値の把握を目的とする価値権の実質をもつ譲渡担保権については、右のような滌除の制度に浴させる前提を欠くというべきである。また、滌除制度は、増価買受けの責任(民法三八四条二項)や担保供与の義務(民事執行法一八六条)を抵当権者に課すなどして、抵当権者に対する重大な牽制となるものであるところ、未だ実行手続が完了しておらず、所有権が確定的に帰属したとはいえない譲渡担保権者にこのような強力な権能を付与するのは、譲渡担保権者が最終的にも清算義務及び債務者側の受戻権との関係で目的物の所有権を取得しない場合がありうることを考えれば、相当とはいえない。

このような考慮からすると、譲渡担保権の実行完了によって、確定的に所有権を取得する以前の譲渡担保権者は、民法三七八条に定められた「抵当不動産につき所有権……を取得したる第三者」に該当せず(根)抵当権の滌除をなし得ないものと解するのが相当である。

そうすると、原告が、前述のように、譲渡担保権の実行完了以前になした滌除権の行使は、効力を生じないものというべきである。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点についてみるまでもなく失当であるから、これを棄却する。

(別紙)

物件目録

一 名古屋市南区中割町三丁目九三番

宅地 三一五・七〇平方メートル

二 右同所同番地

家屋番号 同丁目九三番

木造瓦葺二階建居宅兼店舗

床面積 一階 八九・四二平方メートル

二階 一七・三五平方メートル

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